記録:父の最後。(その3)
父が亡くなった際の状況説明をひととおり済ませ、刑事さんは席から立ち上がった。
「まだ、お母様がいらっしゃっていませんが、お先にお会いになりますか?」
会う?会うのか・・・。
断る事も出来たのだろうが、その場にいる義務感で席を立ち、刑事さんの
後ろに続いて薄暗い廊下を歩いた。
ガラス戸を開けて駐車場へ出ると1月の冷たい風が吹き付けた。
日は既に落ちかけていて、街灯が薄ぼんやりと光っている。
駐車場の奥にある建物の1階。
刑事さんが重そうな鉄製のドアを開けると、室内から明るい光が漏れ出てきた。
部屋の中には、一台のベットと小さな祭壇が置かれていて、簡素な作りではあるけれど、厳かな空気が漂っていた。
ベッドの上には大きな人が寝かされていた。
寝かされているけれど、寝ているわけじゃない。
父は全く気配を感じない、物質になってしまっていた。
刑事さんが顔に掛けられた白い布をめくり、対面をさせてくれる。
ちょっと苦しそうな引きつった表情だった。
顔の筋肉も固そうで、筋張っていて、演技では出来ないだろう顔だった。
「見ていただけると分かるのですが、こちら側が黒くなってまして。」
刑事さんが、皮膚に現れた死斑から、死に至ったのが睡眠中であり、
心臓の急停止であった為だろうと伝えてくれた。
はっきりとは言えないが、事件性は全くみられないよ、と教えてくれたようなものだ。
祭壇にお線香を上げ、手を合わせ、その部屋を後にした。
何だか空虚な感じだった。
父に会いに行ったはずなのに、父に会えなかったような。
父だけど、父じゃなかったと感じた。
まだ、父には会えていないと心から思ったのだ。
父が亡くなったと聞いてから、初めて父に会えない悲しみを感じた。