記録:父の最後。(その1)
あの日はいつもの土曜日の筈だった。
朝ご飯を作って、洗濯掃除をして、午後には息子とホームセンターへ行く。
息子の飼っているメダカ水槽に、新しいメダカを増やす為だ。
水槽の掃除用に新しい道具も購入して、1月にしては青く澄んだ空の中、
自転車を漕いで家に帰った。
買い物袋の中身をバラしていると、携帯電話が鳴った。
母からだ。
「もしもし。」
「○○、お父さん、死んじゃったっぁ・・。」
歩きながら電話をかけているのか、息が荒い。
「今、警察の人から連絡があって、泊まっていたホテルで亡くなったって。」
「・・・。」
「お父さんは警察に運ばれていて、これから行くところ、担当の刑事さんの名前は・・。」
私は第六感だとか、虫の知らせというものを信じているタイプの人間だ。
うっすらと、ある種の中二病的世界観かもしれないが、その世界は居心地が良い。
だが、こういった人生の重大な局面は突然、前触れも無しにやってくる。
なんの予兆も無しにだ。
「私も直ぐに行くから、場所は?」
父が亡くなったホテルは、実家からは離れた他県だった。
しかし、それは私の現住所と同県同市であった。
母との電話が終わってから、身支度を調えて警察へ向かった。
身支度なんて、何を用意したら良いのかさっぱり分からない。
とりあえずメモ用紙をいつもの鞄に詰め込んだ。
最寄り駅まで行って路線図を改めて見る。
目的地まで5駅、電車の所要時間13分。
近すぎるっ!
父が1人で亡くなったこと、でも生前、実は近くに来ていたこと。
このままでは、私が真っ先に、これからの具体的な出来事に対峙すること。
感情までには上ってこない思いが、脳内をグルグルする。
車中、他県に住んでいる姉とも連絡をとる。
母よりも少し遠い所だが、同じ関東なので2〜3時間内には到着予定だった。
私は到着し、ターミナル駅の構内図を読み解いて、警察署までの最短ルートを探った。
地下からの長い階段を抜けて地上に出ると、既に日は傾き初めていた。
ビルばっかりの駅前で、気持ちはさまよい、空を仰ぐような心境ではなかった。
あの時空を見ていたらと、今になって思う。
空には新月から生まれ出た、細い細い、幼い月がいたはずだから。