記録:父の最後。(その2)
夕暮れの警察署は立ち入る人は無く、ひっそりとしていた。
薄暗いロビーからは、署員の人々が働く事務局の電気だけが皓々と見えた。
「すいません、土井様はいらっしゃいますか?」
母から聞いた刑事さんを尋ねると、女性に呼ばれ、1人の男性が連なった机の奥から進み出てきた。
私より一回りくらい年が上だろうか?ベテランの風格が漂っていた。
父の名前を伝えると、刑事さんは多くを語る前に、まず小部屋へと案内した。
確かに、人の死に関わる事件や事故は、ロビーで立ち話とはいかない。
部屋はとても狭く、小さなテーブルと椅子を3つ置いたらいっぱいだった。
私は身分証明証を提示し、住所や連絡先などを書類に記した。
他、これからこの場に駆けつける母や姉についても同様に記す。
「ご本人かどうか、ご確認をお願いします。」
刑事さんがテーブルの上に、父のセカンドバックを置いた。
いつも外出時に持っている鞄だ。
携帯電話や車のキー、見慣れたものが並べられていく。
何となく、父の匂いまで漂ってくるようだった。
「お父様が亡くなったときの状況なのですが・・」
刑事さんの話す、父が亡くなっていたホテルの部屋の状況は、
いつもの父の姿を思い出すほどに、違和感ないものだった。
きちんと歯を磨いた様子があり、持病の薬も飲んだ形跡があった。
脱いだ洋服はきちんとハンガーにかけてあり、枕元に置いた携帯電話は、
丁寧にハンドタオルでくるんでいたそうだ。
間違いなんてあるわけない、何から何まで父らしい。
「お父様は亡くなる前の晩に、知り合いの方と飲みに行っていまして・・。」
父はお酒を飲むのは好きだが、長居するのは好まない人だった。
その為に、お金だけを置いて先に帰ってきてしまうことがよくあった。
この日はいつもより多めのビールと焼酎を飲んだようだが、いつもの如く、遅い時間まで飲むことはせずに、ホテルの部屋へと引き上げたらしい。
「お父様は、ホテルの近くのコンビニに寄って、お酒とおつまみを買ってから部屋にもどられていますね。」
刑事さんの調べは素早かった。
父の行動はすっかり把握されていたし、父が一緒に飲んでいた人も特定され、既に連絡がとられていた。
「お父様は心臓に持病をお持ちだったようですね。」
先に母と電話で話していた刑事さんは、母からの情報で父の死因の可能性を探っていた。
外傷は無く、就寝中に死去。
飲酒量は通常より多く、心臓に病あり。
段々、父の命の尽きた状況が分かってきた。
そうか、人間って物理的に臓器にエラーが起こると死んでしまうんだな。
その命が尽きる数時間前に、県をまたいで車の運転が出来るほど、
体力、判断力はあっても。
コンビニに寄って、買い物して、ご機嫌な気分であっても。
誰に「おやすみなさい」を言うわけでも無い、静かな1人の就寝の後であっても。
命のタイマーみたいなのが切れると、この体は使えなくなってしまう。
死って身近だな。
想像していた死ってもっと怖いものだったな。